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【2012/11/06 05:44】 | kokoroのたより
オピニオン 3  仕事師の生き方に触れて
みのもんたの朝ズバッ!という、
朝も早い、5時30分からの番組があります。

この番組を知るようになったきっかけは、昨年の8月15日、被爆アオギリを金閣寺、銀閣寺で植樹を致しましたが、それが取り上げられた事によります。
「朝ズバッ!に出てましたよ」 こう教えられ、何だか嬉しくなり、それからは、時折見ているのです。

ところがこの半月ほど、みのさんの姿は見ませんでした。
夏休み中との事。休みは明け、今週からは、いつもと変わらない軽快なノリで、明るく司会進行をしているのでした。

5月23日は、東京スカイツリーの放送でした。
私は、その言動をよく覚えているのですが、明るさと軽快さは全くいつもと同じでした。

しかし、この時のみのさんは、何と、13時間前に愛妻の最期を看取った翌朝の、生出演だったのです。

それを、微塵も、誰にも、感じさせない。
仕事のプロ。

はしゃがなければなりません。大笑いしなければなりません。
他人の出来事や事件に同情しなければなりません。
疲労感や焦燥感は、絶対、見せてはいけません!
( 休み中は奥さんの希望で、ニューヨークへの旅も果たしたとの事。心よりご冥福をお祈り致します )


仕事師―私は瞼に浮かぶ方がいらっしゃるのです。
その方は、滋賀県大津市の日本赤十字病院の、ある科の部長を務めるドクターでした。
名医でした。

難病の患者さんは、その名医に診察してもらいたくて、この病院に来るのです。
他で助けられなかった患者さんで、ここで助かった方は、どれ程いらっしゃる事でしょうか。

その先生と出会ったのは、何年前の事でしょうか。
季節は、ちょうどこの5月でした。
ちょうど今頃です。

若いドクターや、看護師さん達を引き連れた先生が、朝の検診に回られる時、その廊下で出会ったのです。
私は初対面ではありませんでしたが、親しく話しかけられた事もありませんでした。

その時、作務衣の僧形をしていた為でしょうか、とても親しげに話しかけてこられたのです。
話題は、禅の話や、インドの話や、呼吸法の話でした。
そして気さくに、
“ 教えてほしい ”
単刀直入に、こうおっしゃったのです。

それを囲む、スタッフのにこやかなまなざし。
しかし、この光景は誰も想像出来ない光景でした。
踏み込んだ内容がやり取りされました。

そして先生は、にこやかにさりげなく、お付きの看護師さんに言い伝えたのです。
「 連絡をとってください 」

看護師さんは、明るく応対しました。しかし、看護師さんの履行は、ありませんでした。
何の言葉がけも、問い合わせも、電話も通信もありませんでした。

そして初秋、部長先生の姿は、大津日赤病院にはありませんでした。
“ 休んでおります ”

この一点張り。
箝口令が敷かれていました。再会は許されず、
まもなく息を引き取られました。

私は今でも、あの朝のさわやかなシーン、それは、若いドクターや看護師さんを引き連れて、廊下を闊歩する信頼にあふれた明るいシーンが目に浮かびます。

指示を受けた看護師さんは、
“ 立派な先生だ。人を立て、場の雰囲気を盛り上げていらっしゃる ” 
こう解釈したのでしょう。

部長先生の胸の内は、誰も分からなかった。

先生は、患者さんは助けるが、自分の体については、もう助からない。こう知っていたのです。

しかし、仕事師です。
ギリギリの中を、他人にさとられないように、気丈に振る舞う先生。胸の内は如何ばかりだったか―察するにあまりあります。悔恨の思いのみです。

出会いは縁。一縷の望みを託して、渡りに船とばかり、ばったり出会った私に、話しかけて来られたのです。

もしあの時、先生との修行があったら、助かったのかもしれません。
それにより、患者さんが救われ続けている今があるのかも知れません。多くの人の運命が変わり、喜びが叶っているのかも知れません。

多少延命されたかもしれません。

反対に、誠心誠意を尽くしたとしても、全く、何の効果もなかったのかも知れません。

しかし、やってみない事には、わからない! わからないのです。


ここで、私は断言致します。

実際に、その場で体感出来る人は、ある一定の割合いるのです。本当です。
それが誰なのか、わからない。だから、やってみない事には、何事も言えないのです。


免疫系の病気についてですが、免疫力を高める事が、重要そのものです。
言えるのは、体温が上がる事が有効だ、という事です。
実習していると、体が熱くなります。体温が上昇し熱さを体験するのです。試す価値はあります。


5月になる度、部長先生の事を思い出します。
あなたも、この実話を覚えておいてください。











【2012/05/25 12:09】 | kokoroのたより
オピニオン 2   同じという大安心
実は、私は “ 同 じ” という見解を持っているんです。

世界宗教に、キリスト教、イスラム教、仏教とあるわけですが、どちらが上だとか、優劣を思う心も、身構えたくなる宗教対立も、あの宗教は怖いとか、あの神は怖いとかの、恐れる心も、私にはないのですね。


本を読んだり、研究してみると、それぞれの神の性質みたいのが分析して書かれてあります。知識が人を怖がらせるのです。

もし、そうであるならば、同一としてそれらの神を心に受け入れ、信じると言うなら、これは勇気がいるのかもしれません。

論じたりするのは、よくある事です。しかしそれは、あくまでも、安全なところに居ながら説いているのであって、身をもっての行動によるのではありません。

十戒が授けられたシナイ山。
その岩だらけの険しい山―私は登りつめ、我が身をもって、はっきりさせたい。

注意していたのに、怪我を負うかもしれない。
想定外に天気が荒れて、中止に追い込まれるかもしれない。
予想も出来ないトラブルが、待ち受けているのかもしれない。

普通は、ここまでやる事に危なさを感じ、実行を前に、止めてしまうのかもしれません。

私の場合は、
10年来の悲願でした。

どうしても確かめたく、それによって、絶対的な安心を得ようとしていたのです。

青年時代に、いわゆる、空 ( くう ) といわれる精神統一の体験があり、仏教の根本体験と思われますが、これが本物ならそれは、世界の半数以上が信じる、キリスト教、イスラム教の共通の土台であるモーセの十戒、形のない絶対唯一の神、これと何ら矛盾しないはずだ、と。

1つである真理の前に出て、拒絶されないはずだ。

むしろ、形をとらない唯一の神は、空 ( 形をとらない実体 )と相まって、大安心の確証を得られるはず。
そうして私は、敬虔な決意のみで、シナイ山登頂を果たしたわけです。

果たして、その結果は、

裏付けとして、奇瑞、現象、証、収穫が得られたのです。

そして帰国後は、自らの所属する理念によると、とか、自らの行う祈り方では、とか、そういったセクト意識が、全くなくなりました。

意識は突き抜けました。

世界に存在するキリスト教、イスラム教に対する、異質感は消滅しました。

透徹する大安心のみが、広がるのです。

この大安心、透徹は、あなたにも必要なのではありませんか。

なぜならあなたも、完成へ向けて、踏み出さなければならない、その時に来ていると思うからなのです。
【2012/05/07 15:45】 | kokoroのたより
オピニオン 1  エジプト、シナイ山・カトリーナ山、そして、福島
さて、振り返りますと、エジプト、シナイ山・カトリーナ山、そして、福島でのセレモニーと連続しましたが、両方とも、失敗は許されないものでした。

天気が悪かったからとか、事故に遭ったとか、一切の言い訳は出来ないものでした。

なぜなら、私には責任があるのです。皆さんのしあわせ・開運の責任を負う、という。
背水の陣で臨んだのでした。

しかしエジプトでは、追い打ちをかけるかの如く、着くやいなや、とんでもない行き違いが待ち受けていました。
旅の取り決めが、ないものとして、それは当然として扱われのでした。
エジプト人3人に対して、日本人は私だけ。

ここから全ては始まり、そして、素晴らしい結末へと展開して行くのです。
更には、5月にはエジプト人の上司の来日での再会と、ドラマは続いて行くのです。

ネットでの私のデータの不通―ありえない事が起きたわけです。
よって、ありえない展開が生じて、やりとりが生じ、ありえない気づき、収穫が与えられたのです。

運命は変えられたのです。
これを、天の配材と言わずして、何と言うのでしょう。
正に、天は祝福と恵みのみであります。

続く福島のセレモニーも、バスで参加された30人の皆さんの、見ての通りです。
天気は悪く寒く出発しました。ところが、福島について、ポカポカ陽気の天気に変わったのです。
寒さに震えるどころか、皆さん大いにのびのびとし、盛り上がったのです。
画像は、証拠として後世に遺されます。福島県の行事としても扱われましたが、最高の場面となりました。
道路事情は、高速道路で参りましたが、行きも帰りも4台ずつの車の衝突事故のなかでした。しかし、定刻に着き、東京には定刻より早く帰り着けたのです。

エジプトも、
不安定な季節に入っていたのです。
シナイ山・カトリーナ山に登る前の日々は、砂嵐と雨です。
ところが当日になると、晴れ渡り、穏やかで暖かい天気となりました。足場もよく、見渡せました。だから、登れたのです。
そして、シナイ山下山後の午後からは、再び寒い風もように戻りました。

エジプト行きは私の10年来の希望でしたから、こなせなかったとか、いかなる言い訳も通じません。
その時は、懺悔、悔い改めるしかないのです。

行程を振り返る今、天に受け入れられたと、思いは間違っていなかったと、確信しています。
そして、シナイ山に登りながら、実は数々のひらめきが得られたのです。インスピレーションです。
そのたびに、メモ致しました。
それを、皆さんにお伝えする事、これが私の役割と思います。

新しい考え方、新しいとらえかたをお伝え致します。あなたは、襟を正してください。

新しくなり、だからこそ、しあわせ・開運を現実化して行くのです。

お楽しみにされてください。
【2012/04/18 18:06】 | kokoroのたより
大切なお知らせです。
kokoroの日記は変更しました。
Jiko和尚のkokoroの日記は、心を解明する側面と、出来事という側面がありました。
心の解明は、断片的であってはなりませんし、出来事は、頻繁にお知らせしてこそ、
興味を持ってお読み頂けます。

そこで、心の解明は、引き続き、第3の方法というコーナーで特化して、解き明かして参ります。
出来事につきましては、お知らせ・ニュースコーナーでの、配信です。

これにより、Jiko和尚のkokoroの日記は、発展的に2つのコーナーで引き継がれ、発信となります。
あなたは、それぞれのコーナーで、充実の文面にお目をお通しください。

追伸
なお、新しい企画として、Jiko和尚のオピニオンが始まります。ご期待ください。               
【2011/04/03 07:38】 | kokoroのたより
Jiko和尚のオピニオン


Jiko和尚のオピニオンを掲載いたします。

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Author:Jiko Sato
kokorozenのホームページは、こちらです。http://www.kokorozen.jp

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