Jiko和尚の心・kokoroの日記(2010年2月-1)
吹雪が止む気配は、一向にない。
風で雪は横なぐり。朝から降り続いている。
もう夕方5時というのに……。

今日6日土曜日は、節分があけて初めての週末、土曜日。
こんなに天気が荒れるとは。吹雪いて視界がさえぎられ、前方がよく見えない。

これでは、新幹線の遅延や、道路渋滞など、心配です。

昨日も曇天に、小雪まじりでした。節分の日も、その前の日も。
結局、4日の立春のみが、暖かい良い天気だったのです。( しかし、天気予報では、確率50%の雨と予報 )
分からないものです。まるで、人生のようです。
この日が恵まれたのは、本当に有り難いことでした。
心の底から、感謝を捧げるのみです。

この日は、全国各地から遠方から京都に、ボディー・ダルマ師の講演を、皆さんが聴きに集まって下さったからです。
つつがなく、滞りなく、全ては円満に、全ては有り難く、嬉しく、おさめさせて頂く事が出来ました。
全てが終わった夜の8時半頃、南禅寺の正門の所で、ダルマ師をお見送りし、お別れ致しました。

足元は、いつもの足袋にセッタ。

ですから、雨や雪になってほしくなかったのです。
空は満天の星空。よかった……。本当によかった……。
ダルマ師は、足元も軽く立ち去って行きました。

私は、南禅寺の地で深い感謝を捧げたのでした。
ダルマ師は、翌日の朝、インドへ向かいました。


思い出しますと、昨年の11月22日に、川崎で講演会をもたせて頂いた時に、皆さんに申し上げたのでした。
インドのお世話をしているようで、実は、インドのご縁ではありません、と。
あの、阪神淡路大震災の時、お役に立ちたい、この一心で、神戸入りした事によって生じたご縁なのです、と。( 12月−2をご参照下さい )

そして、京都の講演会も、あの大震災の時に、同じくご奉仕された方々がいらっしゃいました。
俳優の栗塚旭さんと、菜食レストラン経営の伊藤良治さんです。


栗塚さんとの不思議なお話を致します。
当時、JRの方は被害がひどく、神戸のかなり手前までしか行けませんでした。
ところが、私鉄の阪急電車は、神戸に近い所まで路線が回復していました。
そこで私は、京都のど真ん中から、阪急電車に乗り、神戸に向かう事にしていました。
阪急電車の始発駅は、京都四条河原町にあります。

そこで、滋賀県からは、京阪電車という私鉄に乗り、四条京阪駅で下車し、徒歩で阪急駅まで向かいます。
このルートが運命的出会いとなります。
夕刻です。確か、6時過ぎでした。

なぜ、時間まで覚えているのでしょうか?
これから皆さんに、びっくりするような出来事をお話致しましょう。

実はこの日、京都三条にある仏具店に、リンと芳名帳を注文していたのです。
それを受け取りに行く事になっており、出向いたのです。
閉店間際です。ところが、です。
注文の品が用意されておらず、店の人と倉庫に入り、品選びをする事となったのです。
私は急ぎました。ここで時間をとられると、神戸に着くのが遅くなってしまいます。

行き先は、神戸市兵庫区の兵庫中学校。
そこは避難所ですが、私の寝場所もあるのです。避難所の代表者のご好意で、居場所が確保されていました。
発砲スチロールで囲われた畳2枚分位のスペースです。そこに寝泊りして、市内各地へ自転車でご奉仕に向かうのです。

話を戻します。お店で時間をとられ、しかも、四条ではなく、一つ手前の三条で下車した為、遠距離です。
急がないといけません。

三条京阪から、四条京阪を目指します。そして、四条河原町の阪急始発駅を目指します。
目的の阪急駅もいよいよ近くになって参りました。

そこで、バッタリ!

なんと、栗塚さんとかち合ってしまったのです!

私は、リュックを背負い、これから神戸に向かいます、と。
栗塚さんは、大坂のNHKで録画録りの帰り、と。
漫才師の大助・花子の、花子さんがガンになった実話に基づき、その主治医役です、と。

ところが、お互いの行き先は、正反対の方向なのですが、何か、とてもよく似ているのです。
何か、同じっぽい。

さて、それは一体なんだと思いますか?
一目見て分かる。
考えて見て下さい。外見ですね。

それは―私は、小脇に芳名帳を抱え持っている。( 先ほどの店から出て来るのが遅かった為、包装や袋入れを止めてもらった ) ところが、どういうわけか、栗塚さんが、同じようなものを持っている。形といい、大きさといい。

「あれっ?」
お互いに同じものを持っていますね、と。
「それは、何ですか?」
お尋ねすると、
「台本です」

私の持っているのは芳名帳。
しかし、本当は過去帳に使う。各所に出向いた時に御弔いの為に、お経をあげ、供養をさせて頂く。
その時にお亡くなりになった方々のお名前を記帳するのです。


栗塚さんとのこの出会いは、時間にしてみれば、ほんのわずかです。
でも、ちょっとでも、何かずれていたら、まずは出会えてはいなかったでしょう!
それに加えて、同じような、( 本当にそっくりな ) 物をお互いに持っていた、という驚き!
あなたも、ご自分に置き換えて考えてみて下さい。

こういう展開の中で、バッタリ出会うのも稀有ですが、向こうからやって来る人が、自分と同じような物を持っていたら?
あれっ!
それは一体なんですか?

これは、一体どういうことですか?と。こうなりませんか?
驚き。不思議。めぐり合わせ。天の引き合わせと申しましょうか。
私は、ご縁の深さを感じつつ、神戸に向かう事となります。   続く



【2010/02/06 05:13】 | kokoroのたより
Jiko和尚の心・kokoroの日記(2010年1月-2)
日本航空



…深夜のジェットストリ−ムが、憧れのヨーロッパ・アメリカ・そしてまだ見ぬ海外へ。
飛び立つ夢を駆り立てる。
城達也さんのナレーションで始まる、ジェットストリーム……。
深夜が待ち遠しい。
FM放送に聞き入り、その音楽に胸躍らせる。

…夜間飛行のジェット機の翼に点滅するランプは 遠ざかるにつれ 次第に星の瞬きと区別がつかなくなります……満天の星を戴く……。

よし、いつか自分もJALで!―

ところが、です。
そのJALが。
何と、破綻。
破綻の衝撃は、かつて、こんな夢をふくらませていた私たちを、襲いました。

重苦しく、のしかかる再建問題。
どうする、その再建―

ニュースでも大きく報道されていますが、ここで指名されたのが、稲盛和夫さんという方でした。
日本人の夢も運んだ日本航空。その立て直しに、着手されるのです。

企業の経営というのは大変だと思います。能力があるのに、1年で三割が消え、10年で九割が消える―こう申します。
尋常ではありません。
途中で、予期せぬどうにもならない問題が次々と起こる、という事なのです。その問題を克服出来ないままに過ぎゆく、という事です。

そんな中にあって、稲盛さんは違う、と。助けられる。再生させられる、と。
いったいどのようにして、立て直して行くのでしょうか?

ところで私は、全く別の形ですが、その一端を知る者です。
これから、その貴重なお話を致したいと思います。
ではまず、出会いから。
縁は、どのようにして生じたのでしょうか?
私は以前、自利利他、という月報を出していました。
毎月、心の問題をテーマにし、どなたにも差し上げておりました。
それを、お読みになっていらっしゃた方のお一人が、稲盛さんでした。

そして、お手紙を頂き、お会いする事となりました。非常に役に立った、と。もちろん経営上の事です。
なぜなら、重役会議で使っている、との事でしたから。
そう、おっしゃって頂けた、という事は、貢献した、という事でありましょう。

ではなぜ、企業家でないのに、経営の役に立つのでしょうか?

それは、先ほど申し上げた、克服出来ない事を克服し繁栄していく―その解決法は、真理の世界にあるからなのです。
こういう話は、公にはならないと思います。だから、注意深くお聞き下さい。

前回に続いて、貢献をお話いたします。
これは稲盛さんもよく言われますが、栄えるためには、世の為・人の為という主軸が大切です。
しかし、です。

よいでしょうか、学びを深めておかないと、空振りの可能性があるのです。

なぜなら、自分にこだわりつつ、事を成そうとするでしょう!
苦しくなりますよ。

貢献で大切なのは、世の中を見る目を変え、自分自身を変えて、という事です。
自分への飽くなきこだわりから離れているのです。

貢献は、行動による開運法です。
しかしこれは、貢献で成り立っている一つ上の次元・天界を現そうとするから、開運するのです。
強烈な力を持つのです。
この次元は繁栄です。お互いが貢献する次元ですから繁栄で、しかも調和なのです。
自分には喜びと積極性が、伴って参ります。

ですから、JALの再建では、稲盛さんは、まず社員の皆さんの幸せの為にと、おっしゃった。
この幸せを、打算的なものと見てしまってはいけません。
普通の対立的次元でとらえますと、“ 私が気になり ”一人ひとりからは、軽い力しか出てこないのです。
深い意味を感じ取れるようにする。
そこで学びを、フィロソフィーをと。

心を高める。次元を上げる。
この手順で、新生させてしまえる強烈な力を、全員から引き出そうとしているのです。

私たちが、物事を考える時、自分と同じ事を考えている、こう想定したらだめです!
違う事を考えているから、違う結果を造り出せるのだ!

私たちはこう、しっかりと目覚めるべきでしょう。       続く


  




【2010/01/16 20:24】 | kokoroのたより
Jiko和尚の心・kokoroの日記(2010年1月-1)
皆さんと、新しい一年の始まりを、共に迎えられる事を喜び合い、かみ締めたいと思います。
2010年を、共につくっていける事は、喜びであります。

教えで、私の胸に強く残っている言葉があります。
“ 今日という日は、あの人が必死になって生きたいと願った日 ”

何気なく過ごす私たちの今日は、自分だけを見つめた時は、何の思いも湧かないかもしれません。
しかし、周りを見てください。
その中には、今日という日を全身全霊で求め、生きたいーこう願った方はいらっしゃいませんか?

その方の心を汲み取れた時、曇りの思いは取れて参ります。
共に、こうやって新年をつくっていける事。ここに、もっと大きな値打ちを感じ取れるようになるのです。

大切にしよう。前向きに生きようーこういう気持ちにもさせて頂けるのです。

ですから私たちは、喜んで生きる。
喜びのエネルギーに乗って生きる。このように、意識を高めて参りましょう。


ところで、まもなく来る1月17日は何の日でしょうか?
15年前、阪神淡路大震災が起きた、その日です。
寒い日でした。
そしてこれは前回お話致しましたが、その奉仕の為に、現地の神戸入りした私は、全く別の方向に導かれて行く事になるのです。

何と、インドです。

それが、ナグプール同友会の冨士玄峰師から始まる、ボディー・ダルマ師、そしてインド仏教徒一億人の指導者と尊称される佐々井秀嶺上人なのです。
これも、皆さんにお伝えして参りました通りです。

そして今、皆さんも、このご縁を私と共有しているのです。

ご奉仕から導かれたご縁です。
貢献とも、言いかえられましょう。
貢献には、人生を拓いて行く不思議な力が秘められていると断言出来ます。
天の風が吹く、という感じです。
でも説明がこれだけでは、漠然としています。もっとはっきり、もっと具体的な説明が聞きたいものです。
誰が聞いてもよくわかる。納得出来る。
そういう説明が聞きたい。
わかれば心は喜び 、元気も出て、人間性もよくなる。
開運もする。

わかりました。その熱いご要望にお応え致します。 続く      合掌
【2010/01/08 14:53】 | kokoroのたより
Jiko和尚の心・kokoroの日記(2009年12月-2)
精根 尽き果てようとも、止むことはなかった。彼らを憎んで、怨んで怨んで、恨みぬいた。
その呪い貫きは、師の心の全てを、激しい怒りと悔しさの炎で、埋め尽くした。
そして、いつしか疲労困憊の極限は、涙でぬれた瞼を重くし、壁にもたれ掛かったままの師を、眠りに落とした。
気がついた時、自分の本心と向き合っていた。
自分は何を目指していたのか、何の為に生きて来たのか―突きつけられていた。
15才の時の神秘体験が、ありありと心眼に再現されていたのだ。
それは、“ 花になる ”という三昧体験だった。
私は花になれる―本気で思えた。
だから人も、花になれる。
人と人とが憎しみ合うのではなく、お互い認め合い、高め合う。
これを自分の生き方としたい。
そういう世の中にもしたい―
見失っていた自分が甦った。これが、本当の自分だ!
自分の生き方なんだ!
―愛は憎しみを越えて―
師はまさに、この自愛の体験をもって、復讐の鬼から生還したのです。
自分は救われた。奈落の底に転落する定めだった。
苦労をかけた母や、兄弟たちをも道ずれにして。
地獄に落ちる運命。ここから救ってくれたんだ!
だからあの三昧体験に、人生の全てを賭ける。
それは何時しか、坐禅への道となり、自らの開花も、そこに求めるようになります。
そして名も無きインド大衆の救済までをも、心から願うようになっていったのです。

皆さん、人生の奇跡は、人との出会いと申します。
私たちも、こうやって救い上げられ、覚醒めんとする師との邂逅を得ているわけです。
私達にとって、この出会いは心の糧となる。こうは思えないでしょうか?仏天の尊いお導きを頂いている。こうも言えるのではないでしょうか?
私は今もボディー・ダルマ師の講演会は、有難い事だったと、しみじみ感じ入らせて頂いているのです。
皆さんに、この打ち明け話を致しましょう。
事実は、小説よりも奇なり―と申しますが、今回まさに、その通りでありました。
講演のみならず、続いて開かれた懇親会もまた、記憶に永く残るものとなったのです。
懇親会は最初、定員20名とされていたのです。
ところが皆様の熱い思いで、50名近くまで膨れ上がりました。(これが良かったのです)
そこで会場を変え、ワンフロアー貸切となったのです。
それでも立錐の余地も無く、さながら、ラッシュ時の通勤電車内のようでした。
( 車内で座席に座れない人は、吊り革につかまっている。これにそっくりでした )
しかし、です。
実は、会場内には、尊い事が生まれていたのです。
それは会場を貸切り、ワンフロアーにしたから現れたのです。
今考えると、全ては、仏天の導きのまま―こう思えているのです。
お話し致しましょう。
まず、下準備の段階ですが、参加申し込み者の中に、チェロ演奏家の高橋伸光さんという人がいました。
私は彼に、会場が貸切になったから、気兼ねも要りませんから、
「弾いてみませんか」と、気軽にお話したのです。
快諾を得、彼の演奏が入る事となりました。
ところが、講演開催の数日前に、突然、お姉さんもヴァイオリン演奏家である事を思い出したのです。
そこで彼に、お姉さんと一緒の演奏を打診したのです。
そして当日。
姉弟がそろいました。お姉さんにもお会いしました。2度目でした。
前回お会いしたのは、15年前。
15年前は神戸で。
そのときも今回と全く同じ流れでした。
15年前、彼に打診したのです。「神戸で演奏してみませんか」と。
そして、神戸で姉弟はそろいました。
では、なぜ神戸?

それは、阪神淡路大震災の、復興支援の演奏会だったからです。
厳冬の中、家が倒壊し、あるいは火災で失い、家族を失い、精神的ショックから立ち直れない多くの人々がいたのです。
少しでも癒しにつながればと、少しでも喜んで頂ければと、企画しました。
それが、姉弟の演奏会。
奉仕で神戸にまで駆けつけてくれました。
では、その会場は?

実は、その会場こそが、ナグプール同友会 冨士玄峰会長のお寺だったのです。
そして、ボディー・ダルマ師。
師はその時、岡山で禅の修行に打ち込んでいました。
そして師も、神戸で奉仕の炊き出し等、汗を流すのです。
( これが、私たちのご縁。インドではありません!)
あの奉仕への行動が無ければ、全ては生じていない !この考えが、衝撃として私を襲いました。
15年前のシーンが突然、私の脳裏に甦り、
何の意図もしていなかった。なのに、15年の歳月を経てここで再会している。
まるで、輪廻転生の定めのように。

皆さんに、実際の事実を伝えています。
私は言い知れぬ底知れぬ感動に、胸打たれました。
結局は、人の計らいではないのだ。自分がやったとかではないのだ。
満ち満ちる大いなる意志。その中で、私たちはこうやって生かされている。
私もあなたも唯、それに気づかないだけではないでしょうか!
この記念講演会の準備には、ただ一心に打ち込ませて頂きました。
全力投入で事に当たりました。ここにあったのは、熱意です。
世の為、人の為に尽くす熱い思いだけです。
人集めをしてやろうとかいう事ではありません!
その結果は。
予想だにしなかった恵みの展開。
私共の背後に遍満する、大いなる意志の導きと働き。
見せて頂けたのです。
圧倒されました。
いったい人生では、何が尊いのでしょうか?―高い基準の思いが得られる事。これが尊いのではないでしょうか?
物事の本当の値打ちは、こういうところにあるのではないでしょうか?

最後に。
講演の日は夕方から雨と予報されていました。
皆さん、傘を持参されていました。
師の足元は、定番の雪駄に、白足袋。
果たして、この帰路は?
雨は一粒も降りませんでした。
全てが守られたのでした。
善循環という言葉があります。
一つのよい事が、次のよい事をよび、それが次につながる。このような連続する姿を指します。
一つだけうまくいっても、それが次につながりませんと、つまづいてしまいます。
よい事につながり、回転して行くというのが、大切だと思います。
これは、開運の姿です。
そのあり方は、ささやかな出来事の中にでも、見せて頂けるのです。
私は思います、天のはからいは、細部にまで宿ると。


                                    合掌
【2009/12/14 04:08】 | kokoroのたより
Jiko和尚の心・kokoroの日記(2009年12月-1)
大学時代の事件―それは、師の運命を全く変えてしまう事になります。
今まで、全く考えた事すらなかった、お坊さんへの道―そこへ、突き進むことになるのです。

しかし、当時を振り返って、こう語ります。

「 自分をこういう目に合わせた連中に、復讐を誓いました。憎み抜きました。生かしてはおけない。その煽動者の4人は殺す 」 と。
自分を絶望の淵に突き落とし、人生の夢も、プライドもズタズタにされた。
この恨み、晴らさずにおれようか!

復讐の鬼と化した。自分は死んだも同然だ。同じ目に合わす。
毎日ギラつく殺意。苦しみにもだえる中、その歯止めは、はずされたかに思えた。
しかし。

母の姿や兄弟の顔が思い止まらせた。
やってはいけない。

そして思い止まらせたのは、もう一つあったのです。
師には、この事件が起きる遥か以前に、偶然、瞑想の不思議な体験を得ていたと言います。

それは精神統一の、いわゆる三昧のことです。
「 15才の時、すごい体験でした 」
今までの自分とは違う、自分の人生は違う―こんな直感を得たといいます。
そもそも自分がこの世に生まれ出て来た、その真意に触れる。意識の目覚めの最初の体験です。
ー花になる 私は花になれるー
不思議な三昧体験から、こう本気で求め、本気で願ったと言います。
この記憶がー恨みを超えてー導くのです。

うらみも憎しみも何もかも、そんなことに心は引っかからず、自分も人々もただひたすらに、咲く。
ー私はこんな人生を送りたい。こんな世の中にしたいー
自分の中から湧き起こる本来の思い。本当の自分の心。

その後、1986年10月5日に初来日となります。師が求めてやまなかった、座禅がしたい。この為です。
座禅がしたい。この渇望は、あの三昧体験、花になるが、喚起したのではないでしょうか。

この初来日の日が、不思議だったといいます。10月5日は、達磨忌という禅では特別の日。
初来日が期せずして、その日になってしまった。

この日にあわせたのではない。なぜなら、自分は達磨大師を知らなかった。
座禅をしたい。この事だけであり、ボディー・ダルマという名前も一方的に?つけられたもので、日本の禅寺に来て、全てを教えられた。


私たちは師の半生記から、学ぶものが多くあります。
私たちの身の上に置き換えて、しっかりと学ばせて頂こうではありませんか。
そして縁というものの不思議さも、あらためて驚かされるものです。
人生に於ける奇跡は、出会い、縁、と申します。
私たちがボディー・ダルマ師と邂逅したのも、縁なのです。

そう受け取る事は、私たちを背後で見守り、導く仏天のご慈悲とつながるーこうも言えるのではありませんか。         続く
【2009/12/01 07:53】 | kokoroのたより
Jiko和尚の心・KoKoRoの日記


Jiko和尚の心・KoKoRoの日記を掲載いたします。

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Jiko Sato

Author:Jiko Sato
kokorozenのホームページは、こちらです。http://www.kokorozen.jp

今日のひと言、人生相談などやっています。

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